戦国武将に学ぶ経営のヒント(第17回)

家康の参謀を全うした本多正信のバランス感覚

2016.10.11

クリップについて

 NHKの大河ドラマ『真田丸』で近藤正臣さんが演じているのが、徳川家康の名参謀・本多正信(1538〜1616)です。人を食ったように飄々(ひょうひょう)としながらも、時に鋭い知略を授ける独特のキャラクターに魅せられた人も多いのではないでしょうか。

 正信は家康よりも5歳年上で、重臣と主君を超えた、幼なじみの間柄でした。三河(現・愛知県)の武将・松平広忠の子として生まれた家康に鷹匠(たかじょう)として仕え始めました。以来、たもとを分かつ時期もありましたが、家康は正信に絶対的な信頼を置くようになりました。唯一、帯刀したまま家康の寝室に出入りすることを許されていた正信は、家康をいさめることができた貴重な存在でした。家康は「朋友」として正信のことを考えていたといわれるほどです。

 もちろん、家康が正信を信頼していたのは、単に幼なじみだからという理由だけではありません。正信は、武骨一辺倒といわれる三河武士の中では珍しく、知将として評価された人物です。豊臣秀頼が再建した方広寺の鐘にある「国家安康」の銘文が家康の名を切断するものとして、豊臣家を断罪。大坂の陣のきっかけをつくったいわゆる「方広寺鐘銘事件」も、正信の知恵によるものといわれています。

数々の知謀で家康の天下統一に貢献… 続きを読む

続きを読むにはログインが必要です。
まだ会員でない方は、会員登録(無料)いただくと、続きが読めます。

SID : 00007017

連載記事≪戦国武将に学ぶ経営のヒント≫

PAGE TOP

閉じる
会員登録(無料) ここでしか読めないオリジナル記事が満載
閉じる