2020年4月7日、新型コロナウイルス対策として、政府による新型インフルエンザ等対策特別措置法の改正法に基づく「緊急事態宣言」(同法32条)が出されました。そして、対象地域においては、法的根拠に基づく外出の自粛が要請されるに至りました。また、それに先立ち東京都では、ウイルスの感染拡大防止のため、「テレワーク、時差通勤、在宅勤務」が奨励されています(3月23日都知事会見)。
テレワークとは、労働者が情報通信技術を利用して行う事業場外勤務のことをいい、(1)在宅勤務(2)サテライトオフィス勤務(3)モバイル勤務の3つの形態があります。テレワークは働き方改革の一環として、近年、導入を進める企業が増えてきました。しかし、この状況下で、制度は未整備なまま、急に導入することになった企業が少なくないでしょう。
そこで今回は、テレワークを導入・実施する場合の法務上の留意点について、厚生労働省の「情報通信技術を利用した事業場外勤務の適切な導入及び実施のためのガイドライン」(以下:「ガイドライン」)、「テレワーク導入のための労務管理等Q&A集」(以下:「Q&A」)、「テレワークモデル就業規則~作成の手引き~」(以下:「手引き」)などを参考に解説します。
テレワークを行う労働者にも、労働基準法をはじめとする各種労働基準関係法令が適用されます。導入・実施に当たっては、これらの法令に違反してはなりません。またテレワークは、労働時間の管理が難しい、仕事と仕事以外の切り分けが難しい、長時間労働になりやすいなどの問題点が指摘されています。実施に当たっては、こうした点について適切な労務管理を行うことが鍵になります。
テレワーク導入に際しての基本的な留意点
テレワークを導入するに当たっては、最初に社内の基本方針やルールを定めておく必要があります。「Q&A」には、次の手順が挙げられています。急に導入することになった企業は、この手順を踏むことが難しかったケースもあるかと思いますが、導入後になったとしても、少なくとも【2】は至急、実行する必要があるでしょう。
【1】テレワークの対象業務と対象者の範囲を決定する
このうち、対象業務は、テレワークで実施しやすい業務(入力作業、データの修正・加工、資料の作成、企画などを思考する業務など)を選定します。対象者は、周囲の理解を得られるよう明確な基準を設けることが重要です。
また、個々の労働者がテレワークの対象となる場合であっても、実際にテレワークをするかは、本人の意思によるべきとされます。ただし、就業規則などにテレワークを命じる規定があれば、本人の意思にかかわらずこれを命じることができると考えられます。
【2】就業規則などにテレワークに関する規定を定めておく
テレワークを導入する場合、労働者が常時10人以上の会社では就業規則にテレワークに関する規定を定めておくことが必要です(労働基準法89条)。
具体的には、下記の3項目について定めておく必要があります。
<1>在宅勤務などテレワークを命じることに関する規定(10号参照)
<2>在宅勤務などテレワーク用の労働時間を設ける場合、その労働時間に関する規定(1号参照)
<3>通信費などの負担に関する規定(5号参照)
これらの規定は、就業規則に直接規定する場合と、「テレワーク勤務規定」といった個別の規程を定める場合があります。
後者の場合には、就業規則の「適用範囲」に関する規定に「従業員のテレワーク勤務(在宅勤務、サテライトオフィス勤務及びモバイル勤務をいう。以下、同じ)に関する事項については、この規則に定めるもののほか『テレワーク勤務規定』に定めるところによる。」などと就業規則に委任規定を設けることにより、「テレワーク勤務規定」に就業規則と同様の効力を持たせることができます。
なお「手引き」には、モデル「テレワーク就業規則」(在宅勤務規程)が掲載されていますので、これからテレワークの導入を急ぐ企業は、 これをカスタマイズして活用することをお勧めします。
【3】テレワーク利用者とオフィス勤務者とのコミュニケーションの方法について取り決めておく
あらかじめ通常時または緊急時の連絡方法について、労使間で取り決めておくことが望ましいとされます。
【4】テレワーク導入に当たっての教育・研修を実施する(テレワーク利用者だけでなく、上司・同僚にも行う)
教育・研修によって、テレワークの実施目的などについての認識を共有するとともに、テレワーク実施時の不安や疑問を解消することができます。
上記の順に従って取り決めた基本方針やルールについては、労使間で認識に齟齬(そご)が生じないよう、あらかじめ導入目的や対象業務、対象者の範囲、テレワークの実施方法などについて、労使委員会(労働者側は、労働組合がある場合には労働組合、ない場合には労働者の過半数を代表する者が参加)などで十分に協議した上で、これを文書に保存するなどの手続きを経ることが望ましいとされます。
さらに作成した文書は、社内に周知するため配布することが望ましいと考えられます。これらについても、急な導入時には対応できなかったとしても、できるだけ早く対応するようにしましょう。
就業規則に直接規定する場合も、「テレワーク勤務規程」などの個別の規程を定める場合も、テレワークに関する規程を作成・変更したときには、所定の手続きを経て、労働者代表の意見書を添付し、所轄労働基準監督署に届け出ることが必要です。
以上に加え、労働契約を締結している者に対して新たにテレワークを行わせる場合には、就業の場所として「労働者の自宅」などと明示した書面を交付する必要があります(労働基準法第15条、労働基準法施行規則第5条第1項第1の3号)。また、テレワークの実施と併せて、始業および終業の時刻の変更などを行うことを可能とする場合には、労働者に対し、その旨の明示をしなければなりません(労基法施行規則第5条第1項第2号)。
テレワークの「実施」における留意点… 続きを読む
執筆=上野 真裕
中野通り法律事務所 弁護士(東京弁護士会所属)・中小企業診断士。平成15年弁護士登録。小宮法律事務所(平成15年~平成19年)を経て、現在に至る。令和2年中小企業診断士登録。主な著作として、「退職金の減額・廃止をめぐって」「年金の減額・廃止をめぐって」(「判例にみる労務トラブル解決の方法と文例(第2版)」)(中央経済社)などがある。
関連のある記事
連載記事≪弁護士が語る!経営者が知っておきたい法律の話≫
- 第1回 悪質なクレーマーから会社を守るために必要なこと 2015.07.13
- 第2回 「営業秘密」を不当に持ち出されてしまう前に 2015.07.15
- 第3回 御社は大丈夫?ブラック企業と呼ばれないために 2015.07.21
- 第4回 インターネットによる風評被害を防げ! 2015.07.23
- 第5回 派遣社員の採用前に知っておきたい5つのポイント 2015.08.10
- 第6回 「会社でうつ病になりました」と言われないために 2015.08.12
- 第7回 絶対に失敗できない“伝家の宝刀”懲戒解雇のやり方 2015.08.24
- 第8回 育てた社員がライバルに!?競業のリスクを防ぐ方法 2015.08.26
- 第9回 御社はマタハラをしていないと言い切れますか? 2015.09.07
- 第10回 サービス残業が会社を潰す?本当は怖い残業代の話 2015.09.09
- 第11回 登録して終わりじゃない!知的財産の上手な使い方 2015.09.14
- 第12回 定年の延長か廃止か?高齢社員の雇用を考える 2015.09.16
- 第13回 明日は我が身…個人情報を流出させないための第一歩 2015.10.05
- 第14回 税務調査がやってきた…でも怖がる必要はありません 2015.10.08
- 第15回 裁判沙汰になる前に!紛争予防のための弁護士活用術 2015.10.19
- 第16回 良い弁護士の選び方、ダメな弁護士の見抜き方 2015.10.22
- 第17回 「ひな形」の契約書を使い続ける企業は成長できない 2015.11.02
- 第18回 目指せ戦う下請け!言いなりにならない理論武装 2015.12.21
- 第19回 そのアイデア、知的財産権を使って武器にしましょう 2016.01.27
- 第20回 ここまでは自分でできる!弁護士に頼らない債権回収 2016.02.29
- 第21回 これだけは知っておきたい!外国人雇用の注意点 2016.03.28
- 第22回 大卒より大変?高卒の新卒採用で失敗しない方法 2016.04.25
- 第23回 あなたの会社は大丈夫?いじめで経営危機を招かない! 2016.05.23
- 第24回 どの会社でも起こり得る「支配権争い」を防ぐ方法 2016.06.20
- 第25回 もしもの時のために……「事業継承」は計画的に 2016.07.25
- 第26回 まさかの課徴金も!知っておくべき「広告」のルール 2016.08.15
- 第27回 なぜだまされる?中小企業を狙った詐欺・悪徳商法 2016.09.26
- 第28回 「36協定」見直しで残業規制は強化されるか? 2016.10.24
- 第29回 ブラック企業と呼ばれないための3つのポイント 2016.11.21
- 第30回 ネットでの風評被害対策を整理する 2016.12.19
- 第31回 来る「民法改正」のために企業が取るべき対策 2017.01.23
- 第32回 自社サイトのコンテンツが流用された時の対処法 2017.02.20
- 第33回 アルバイトにボーナスは必要?採用前に知るべきこと 2017.03.31
- 第34回 アルバイトの人材確保に「有給休暇」を利用しよう 2017.04.28
- 第35回 120年ぶりの民法改正で何がどう変わるのか? 2017.05.26
- 第36回 「契約社員」を採用する際に気を付けたいこと 2017.06.30
- 第37回 休憩時間中の電話番は労働?拘束時間の基準を知る 2017.07.28
- 第38回 「出張でマイルゲット!自分で使っちゃえ」は横領? 2017.08.25
- 第39回 自社掲載記事の無断利用に注意!著作権を理解しよう 2017.09.29
- 第40回 元従業員が転職先で自社の資料を使うのは違法!? 2017.10.27
- 第41回 取引でトラブル!クレーム書面の効果的な送り方 2017.11.24
- 第42回 育児休業が最長2年に!押さえるべきポイントは? 2017.12.22
- 第43回 参入しやすいECサイトこそ法律面では慎重に! 2018.01.26
- 第44回 「障害者雇用促進法」が改正され、対象範囲が拡大 2018.02.23
- 第45回 事業承継の間口を広げる「経営者保証ガイドライン」 2018.03.30
- 第46回 2020年、改正民法施行!今から万全の備えを 2018.04.27
- 第47回 「遺留分減殺請求制度の改正」が事業承継の後押しに 2018.05.31
- 第48回 割賦販売法改正による加盟店の新しい義務とは? 2018.06.28
- 第49回 トラブルなく防犯カメラを運用するには? 2018.10.29
- 第50回 社員の副業・兼業、どう認める?どう規制する? 2018.11.26
- 第51回 2022年4月から成年年齢が18歳になることの影響は? 2018.12.26
- 第52回 日本版司法取引から身を守るためのポイントとは? 2019.01.28
- 第53回 社員のSNSで会社が炎上!どう防ぐ 2019.02.25
- 第54回 事業承継トラブルを回避する遺言の残し方とは 2019.03.25
- 第55回 絶対確認、年5日以上、有給休暇を取得させよう 2019.04.15
- 第56回 施行迫る民法改正、売買契約への影響を確認 2019.05.22
- 第57回 働き方改革対応に必須、労働者代表を正しく選ぼう 2019.06.19
- 第58回 2020年、改正民法施行で「保証」が変わる! 2019.07.22
- 第59回 パワハラ防止法が成立!企業に求められる対応とは? 2019.08.26
- 第60回 すべての会社に求められる反社会的勢力対策 2019.09.30
- 第61回 2020年法改正!派遣社員を活用するなら対応は必須 2019.10.21
- 第62回 相次ぐ台風や大雨、利用不能でも賃料は支払う? 2019.11.18
- 第63回 20年4月民事執行法改正。債権回収の実効性が向上 2019.12.16
- 第64回 改正民法施行迫る!契約書を見直すポイント(前編) 2020.01.20
- 第65回 改正民法施行迫る!契約書を見直すポイント(後編) 2020.02.10
- 第66回 施行直前 派遣労働者の同一労働同一賃金の実務 2020.03.23
- 第67回 慌ててテレワークを導入、法律対応が必須 2020.04.13
- 第68回 経営リスク拡大、未払い残業代の予防と対応 2020.05.18
- 第69回 事業承継時、経営者保証が解除しやすくなる 2020.06.08
- 第70回 新型コロナの影響で債務が履行できない場合の責任 2020.07.13
- 第71回 セクハラ防止強化の法改正、対応すること総まとめ 2020.08.17
- 第72回 テレワーク時代、契約書に“ハンコ”は必要か 2020.09.14
- 第73回 個人情報保護法改正の知っておくべきポイント 2020.10.12
- 第74回 速報!同一労働同一賃金の最新裁判例をチェック 2020.11.09
- 第75回 チェックすべき2021年施行の改正法令(前編) 2020.12.01
- 第76回 チェックすべき2021年施行の法律改正(後編) 2021.01.05