弁護士が語る!経営者が知っておきたい法律の話(第72回)

テレワーク時代、契約書に“ハンコ”は必要か

2020.09.14

クリップについて

 2020年6月19日に内閣府、法務省および経済産業省の連名で、契約書の押印に関しての見解を示した「押印についてのQ&A」が公表されました。

 新型コロナウイルスの感染拡大に伴い、テレワークを推進している企業が増えています。そうした企業では、取引で契約を締結する際の「ハンコ文化」が問題となってきます。

 日本においては契約書には押印するという、いわゆるハンコ文化があります。そのため、企業間で契約を締結する際には、テレワークを導入しても、契約書に押印するためだけに担当者や決裁者が会社に出社しなくてはならないという事態が生じます。

 このQ&Aでは、契約書に押印しなくても法律違反にならないことを明示し、日本のハンコ文化に関連する、法律上のルールについて分かりやすく紹介していますので、ぜひ一読しておきましょう。今回は、それを踏まえて契約書の作成や押印が持つ法律上の意味を解説した上で、最近利用が進んでいる電子契約についても説明します。

契約書に押印しなくても法律違反ではない

 企業間と個人間を問わず、契約は契約当事者の意思の合致により、契約内容について当事者が合意することにより成立するのであり、一部の例外を除いて、書面の作成や押印は必要な要件とされていません。

 そもそも契約書が作成される主な理由は、契約内容について書面化して双方が押印することで、一方の当事者が契約内容について聞いていなかったと主張するなどの、契約後のトラブルを防止するためです。従って、一部の例外を除いて、契約書を作成しなかったからといって法律違反になるわけでも、契約が無効になるわけでもありません。

 なお、建物についての定期建物賃貸借契約(借地借家法38条1項)や訪問販売などの特定商取引法の規制がされている取引の契約書については、契約書や契約内容について説明した書面の交付が必要になりますので、注意が必要です。

押印は契約を締結したことを証明する証拠

 ただ、契約書を作成するメリットが契約内容についてトラブルを防止するためだけというと、そうでもありません。企業間などで契約内容を巡ってトラブルが発生し、裁判を起こさざるを得なくなった際、相手方が契約を締結した事実自体を争う場合があります。そんな際には、まずは「当事者が契約を締結した」ということの証明をしなくてはなりません。このような場合、口頭での契約締結を主張したところで、その他の証拠がない限りは証明としては十分とはいえない場合が多いでしょう。

 日本の民事訴訟では、契約書を含む私文書について、本人の押印があるときは、その印影は本人の意思に基づき押印されたものと推定されます(事実上の推定)。そして、その印影が本人の意思に基づく場合は、その私文書全体が本人の意思に基づき成立したものと推定するとの規定があります(民事訴訟法228条4項)。

 つまり、日本の民事訴訟では、私文書である契約書に相手方の押印がある場合、その契約書が相手方の意思に基づいて作成されたことが推定されるのです。そのため、相手方が「印鑑を第三者に勝手に使われた。などの特段の事情の証明に成功しない限り、契約を締結した事実を争えないのです。ですから、契約書への押印は互いのリスク軽減策として、それなりの意味があります。

電子契約の推進で電子署名を活用する

 上記のような意味がある以上、いくら契約書に押印がなくても法律違反にならないとはいっても、全面的な廃止は難しいことになります。テレワークの推進を阻害しないため、何か手段はないのでしょうか。

 考えられる手段の1つが、電子契約の導入です。電子契約とはいろいろな意味がありますが、通常は契約書などの電子ファイルをインターネット上で交換して「電子署名」を施すことで契約を締結する契約方式をさすことが多いと思われます。

 電子契約では、契約当事者が押印に代わって、第三者が改ざんできない契約者本人の電子署名を施し、そのタイムスタンプを付す(いつ契約を締結したかを示します)ことで契約を締結します。電子ファイルなどの電磁的記録に、この電子署名が行われた場合は、本人の意思に基づいて作成されたと推定されるため(電子署名及び認証業務に関する法律3条)、訴訟などにおいて、本人が押印した契約書と同様の扱いを受けます。そのため、電子契約を締結すれば、書面のやり取りや押印をすることなく、契約が締結された事実を証明できるのです。

 電子契約の場合、インターネットを介して場所を選ばずに契約の締結が可能ですから、テレワークの障害にはなりません。さらに紙媒体の契約書で必要とされる印紙税がかからない、契約書を保管しておくコストが不要となるというメリットもあります。何より、従来のハンコを押した契約書をやり取りする時間が節約できますから、迅速な取引が可能になります。

 電子契約には、当方だけでなく相手方も電子契約を提供業者のサービスに加入していなければならないものも見受けられます。電子契約を導入する際には、こうした点に注意する必要があるでしょう。また、契約を締結する権限のない従業員が決裁を取らずに勝手に契約を締結することのないよう、セキュリティ面での管理も重要となってくるでしょう。

 テレワークの導入など自由な働き方の推進は、新型コロナウイルスの感染拡大の収束に関係なく、今後も日本経済の活性化のため必要です。それを阻害しかねない現状のハンコの利用方法は改善の余地があると思われます。前述の通り、取引の契約に関わる書類への押印については、電子契約の活用拡大を検討する手があります。また、社内の稟議(りんぎ)書などの押印も、電子メールのやり取りの記録によって証拠を残すことで、廃止できるケースも少なくないはずです。会社全体でハンコの使い方の見直しに着手しましょう。

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執筆=近藤 亮

執筆=近藤 亮

辻河綜合法律事務所 弁護士(東京弁護士会所属)
平成27年弁護士登録。主な著作として、『会社法実務Q&A』(ぎょうせい、共著)、『民事弁護ガイドブック(第2版)』(ぎょうせい:2019、共著)、『少数株主権等の理論と実務』(勁草書房:2019、共著)などがある。

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