実例で学ぶ!ドラッカーで苦境を跳ね返せ(第36回)

資源の集中編・20年で売上高60倍の原動力とは

2018.11.21

クリップについて

 実例からドラッカーのマネジメントを学ぶ連載。今回は、山形県の八幡自動車商会の前編です。商社を辞めて故郷の父親が創業した自動車整備工場を継いだ2代目が、ドラッカーの教えを生かして、会社を再生した軌跡を追います。

「事業の定義は、集中を強いるものでなければならない。卓越性を獲得すべき知識を特定し、リーダーシップを獲得すべき市場を特定しなければならない」(『創造する経営者』261ページ)

 あらゆる経営者は「自らの事業についての定義」を持たなければならないと、ドラッカー教授は力説する。複雑な日々の意思決定を首尾一貫したものとするには、明確な「事業の定義」が不可欠だ。

 八幡自動車商会の事業の定義は、「お客様の安全をお守りすることを絶対的使命」とするミッションから始まっている。だから、いくら安くて売れるといっても、安全性に確証を持てない中古車は「販売しない」とした。一方、足元の利益率は低くても、過疎地の高齢ドライバーをケアする事業は「育てる」と決めた。

 事業の定義はさらに、自社を取り巻く経営環境に適合していなければならない。ドラッカー教授のいう「リーダーシップを獲得すべき市場」とは、「顧客の支持が得られる市場」と言い換えられる。八幡自動車商会が車検事業に集中したのは、売り上げの安定性と利益率の高さが、顧客の支持を得ている証しだと理解したからだ。

 この車検事業において八幡自動車商会は、最初から「卓越性」を持っていた。整備士の技術レベルが高いという持ち味が生きた。その後も「車の医療に携わる医者」たるべく若手の教育に力を入れ、卓越性に磨きをかけている。
(ドラッカー学会理事=佐藤 等)

 「役立たずは、さっさと帰れ!」

 得意先の社員から整備士に投げつけられた、心ない怒声に涙がこぼれた。

 八幡自動車商会(山形県酒田市)の池田等社長は2代目。東京での商社勤務を経て1998年、28歳で父が経営する自動車整備工場に入社。郷里の山形に帰った。当時の八幡自動車商会は、整備士4人と事務員1人を雇い、売上高5000万円ほど。得意先は主に建設会社で、トラックなどを販売した後、整備や車検を請け負う下請けのような存在だった。

故郷の現場で思い起こしたドラッカーの言葉… 続きを読む

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佐藤等公認会計士事務所所長、公認会計士・税理士、ドラッカー学会理事。1961年函館生まれ。主催するナレッジプラザの研究会としてドラッカーの「読書会」を北海道と東京で開催中。著作に『実践するドラッカー[事業編]』(ダイヤモンド社)をはじめとする実践するドラッカーシリーズがある。

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