2020年11月、大手ゲームメーカーが、暴露型ウイルスの被害に遭った。暴露型ウイルスとは、“暴露型”ランサムウエアで身代金を要求するウイルスだ。同社はこの攻撃により、顧客情報など最大約35万件が流出した可能性があると発表。犯行声明から6営業日で株価が16%下落したという。
ランサムウエア(Ransomware)は、身代金ウイルスとも呼ばれ、「Ransom(身代金)」と「Software(ソフトウエア)」を組み合わせた言葉だ。感染によりコンピューターやスマートフォン内のデータが勝手に暗号化されて利用できない状態になり、復旧と引き換えに金銭を要求される。データによっては業務に大きな支障を来したり、信用の失墜や経済的損失を招いたりするのは想像に難くない。
従来のランサムウエアは、ウイルスメールをばらまくなど無差別に感染させるケースが多かったが、2018年頃から標的を定めて感染させる傾向にある。最近は、暗号化を解くための身代金要求に加え、支払わなければ盗んだ情報を公開すると二重に脅迫するのが手口だ。こうした二重脅迫ウイルスを「暴露型」と呼んでいる。ただでさえコロナ禍で大変な中、こんな目に遭ったら、組織を揺るがしかねない。
日本経済新聞社がトレンドマイクロと共同で行った調査によれば、2019年以降、闇サイトで情報を暴露される被害が急増、暴露型ウイルスの攻撃の増加がうかがえる。情報を暴露されたと見られる組織数は、累計で1000社を超える。クラウドストライク社の調査によれば、日本企業の52%がランサムウエアの攻撃を受けており、被害にあった組織の32%が身代金を支払った。平均額は117万ドル(約1億2300万円)だったという。
1000社が被害に遭う暴露型ウイルスの内容と仕組み
ウイルスの仕組みは、コンピューターにウイルスを感染させて組織のネットワークに侵入→ネットワーク構成を把握し、データの在りかを突き止める→データを盗んだり暗号化を行ったりする→脅迫文などで身代金を要求→闇サイトなどでデータを公開、といった手順だ。
第一段階のウイルス感染は、不正なメールを送り付けてマルウエアなどに感染させて端末を乗っ取る、ネットワーク内の脆弱性を利用する、組織がインターネット上に公開しているリモートデスクトップやサーバーの認証を突破して侵入する、などが考えられる。
標的型メールが感染源になりがちだが、その危険性は広く周知され警戒するのがいまや常識となっている。ところが最近はパスワード付きファイルを送る手口が横行している。暗号化ZIPファイルを送付した後に、別メールでパスワードを追送する通称「PPAP」は、業務上のやり取りで推奨される方法だ。つい警戒なく開いてしまい攻撃に利用されるリスクも大きいうえ、マルウエアフィルタで解析できないなど、セキュリティ面で多くの問題がある。平井卓也デジタル改革担当大臣は11月24日、内閣府と内閣官房でのPPAPの廃止を宣言し、各企業がこれに続き、脱PPAPの動きが盛んとなった。
なお、コロナ禍による在宅勤務の増加で、リモートデスクトップやクラウドサーバーの利用も多くなった現在、サービスのIDとパスワードを解析して権利を奪い、侵入するケースも多いと思われる。
ランサムウエアでは被害者がデータを開こうとすると身代金を要求する脅迫文が表示されるが、最近では身代金が払われる前にデータの一部を公開し、日数の経過に伴い徐々に範囲を広げ、身代金を支払わざるを得ない状況に追い込む手口も使われる。
データ保管場所を分離、防衛演習も人気。防ぎ方と被害に遭ったときの対処
第一の予防策はデータのバックアップだ。定期的なバックアップと世代管理で確実性を高めよう。バックアップはローカルや異なるネットワークでの保管が基本。ローカルなら記録媒体はバックアップ時のみ接続し、普段は切り離しておく。データが膨大なら、大規模バックアップに対応した外部サービスを利用する。なお、バックアップから復旧できるのを定期的に確認することも大切だ。
組織の場合は感染を防ぐ教育も重要となる。メールやWebサイトの十分な確認、添付ファイルやリンクを安易に開かない、不審なプログラムを実行しない、OSやソフトウエアを最新にする、ウイルス対策ソフトの導入、端末のロックなど、普段の心得を啓発しておく。まさかに備えた防衛演習も効果的だ。
管理側では、フィルタリングツールの導入、不要なサービスの無効化、サービスや共有サーバーへのアクセス権を最小限にする、リモートやサーバーのパスワードの定期的な見直し、PPAPの廃止などが挙げられる。
さらなる知識と対策は、
・NISC「サイバーセキュリティ2020」
・IPA「【注意喚起】事業継続を脅かす新たなランサムウェア攻撃について」
・IPA「ランサムウェア対策特設ページ」
・JPCERT/CC「ランサムウエア対策特設サイト」
・JC3「ランサムウェア対策について」
などを参考に。
被害に遭ったら、感染した端末をオフラインに→ランサムウエアの種類を特定→ランサムウエアを駆除→データの復旧を試みる、の手順で復旧する。ランサムウエアの被害低減をめざす国際的なプロジェクト「No More Ransom」では、Web上でランサムウエアを特定、ランサムウエア別に複合ツールを入手して対策を行える。
ただし、早く業務を再開させるためにも、業務システムを熟知したITサービスへの相談が有効だろう。自社の業務システムを熟知したITサービス事業者がいなければ、IPAの「情報セキュリティ安心相談窓口」、JPCERT/CCの「インシデント対応依頼」に相談できる。
今後どうするか、どうなっていくか、傾向と対策
身代金を払うべきかの問いに対しては、「払うべきでない」のが結論だ。払った金銭は犯罪組織の活動資金になり、さらなる犯罪を増幅させる。それに、送金してもデータが復旧する保証もない。そもそも機密データを握られているので、継続して脅迫に遭う可能性も否定できない。
データの暗号化による身代金の要求から、データの公開という二重の脅迫に“進化”したように、第一段階の攻撃が、不特定多数から特定の組織を狙った標的型に、さらにPPAPで業務上の習慣を利用するなど、内容も手口も巧妙化しつつある。
サイバー攻撃はやまない。先に紹介したサイトやニュースなどの情報をチェックして常に動向をつかみ、備えよう。予防や対策のための予算や人材、相談先の確保も重要だ。もちろん、組織員1人ひとりが十分な知識と自覚をもってIT機器やデータを扱うよう心掛け、情報交換し合うことも大切だ。
執筆=青木 恵美
長野県松本市生まれ。独学で始めたDTP(
関連のある記事
連載記事≪IT時事ネタキーワード「これが気になる!」≫
- 第1回 熊本地震 ネット募金システムでの人助け 2016.05.30
- 第2回 LINEでのプライベート会話流出のカラクリ 2016.06.16
- 第3回 残りわずか。どうするWindows10無償アップグレード 2016.07.20
- 第4回 ポケモンGO。気になる“仕組み” 2016.07.27
- 第5回 大手3社か。それとも格安SIM・格安スマホか 2016.08.26
- 第6回 iPhone 7がいよいよ発売。魅力に迫る 2016.09.16
- 第7回 YouTubeで世界征服・ピコ太郎。企業も利用すべき 2016.11.15
- 第8回 米国で初の死亡事故。自動運転は本当に実現するか 2016.12.05
- 第9回 2017年元旦に実行。「うるう秒」 2016.12.26
- 第10回 トランプ大統領のSNS術をビジネスへ活用する 2017.02.10
- 第11回 身近になるVR。小さい企業もビジネスにできるか 2017.03.07
- 第12回 スマホに相乗効果を。“イマドキ”な機器紹介 2017.03.14
- 第13回 生活を便利にするIoT。新規ビジネスにも 2017.04.10
- 第14回 AI搭載ロボットで売り上げアップ 2017.04.21
- 第15回 Vistaに続きOffice 2007もサポート終了に。使い続けるか 2017.05.19
- 第16回 テレビ業界に新潮流「インターネット放送」 2017.06.02
- 第17回 介護に朗報!ワンプッシュで商品注文 2017.07.13
- 第18回 7月24日はテレワークの日。働く、を変える日 2017.07.24
- 第19回 実録!Facebookアカウント乗っ取りから復活まで 2017.08.10
- 第20回 宅配クライシスを乗り切るITまとめ 2017.09.29
- 第21回 Google Home日本上陸。スマホの次は「スマートスピーカー」 2017.10.19
- 第22回 事件や事故対策に「ドラレコ」 2017.11.21
- 第23回 娘のiPhone X動画投稿で解雇。その顚末 2017.12.13
- 第24回 おさらい「ビットコイン」 2018.01.12
- 第25回 時代の寵児・メルカリのビジネス 2018.01.26
- 第26回 安倍首相も意識「インスタ映え」 2018.02.19
- 第27回 LINE包囲網。キャリア3社の「+メッセージ」登場 2018.05.09
- 第28回 強制プレミアムフライデー!?Office 365が世界規模で障害 2018.06.21
- 第29回 忙しい人に朗報。オンライン診療が保険算定対象 2018.08.17
- 第30回 IoTとAIで“トイレソリューション” 2018.09.04
- 第31回 検証!アマゾンのディスプレー付きスマートスピーカー 2018.10.30
- 第32回 Windows大型アップデート提供中止。ファイルが消える 2018.11.19
- 第33回 Intelのプロセッサー、供給不足 2018.11.27
- 第34回 大阪万博開催決定。ITを駆使し並ばない万博 2018.12.13
- 第35回 再ブーム「ポケモンGO」~オトナ世代に大人気 2018.12.17
- 第36回 ミラーレス一眼が好調。スマホ時代のカメラ 2019.01.22
- 第37回 忙しいアナタにピッタリ。スマホ決済を賢く使え 2019.02.08
- 第38回 オッサン必見。若者に“しったか”LINEサービス 2019.02.21
- 第39回 PayPay祭り再び?乗り遅れ組へスマホ決済 2019.03.18
- 第40回 5月1日の改元までわずか。何が起こる 2019.03.29
- 第41回 平成最後のITまとめ~令和時代へ 2019.04.24
- 第42回 USJの変動価格制、高額でも10連休でニンマリ 2019.05.23
- 第43回 令和改元1カ月。IT回りの状況 2019.05.31
- 第44回 トランプ大統領と安倍首相がやる「ネット政治」 2019.06.13
- 第45回 G20大阪サミット。サイバー攻撃に構える 2019.06.27
- 第46回 よく聞く出前サービスUber Eatsの仕組み 2019.07.24
- 第47回 Amazon“役立つ”レビューを見分ける 2019.08.26
- 第48回 AWS障害。原因はサーバーの過熱 2019.09.13
- 第49回 LINE新機能「OpenChat」通知やまず退会できず 2019.09.26
- 第50回 まだ間に合う「キャッシュレス還元」徹底活用術 2019.10.24
- 第51回 消費増税、トラブル続出でお店も客もてんやわんや 2019.10.29
- 第52回 Google量子超越性実証でビットコインなぜ下がる 2019.11.22
- 第53回 首里城の火災、映像に映っていたもの 2019.12.13
- 第54回 スマスピ使ってみた 2019.12.23
- 第55回 紅白の「AI美空ひばり」に賛否両論 2020.01.24
- 第56回 新型コロナウイルス感染拡大、IT業界に波紋 2020.02.21
- 第57回 新型コロナ、ITで感染防御 2020.03.13
- 第58回 コロナで注目。オンライン診療 2020.04.13
- 第59回 NTTとトヨタが資本提携。実証都市つくる 2020.04.21
- 第60回 気を付けて。外出自粛の在宅勤務を狙うハッキング 2020.05.12
- 第61回 オンライン飲み会、楽しい?楽しくない? 2020.06.12
- 第62回 あつ森って面白いの?ゲーム機ない人も 2020.06.29
- 第63回 脱・ハンコ。自由な働き方各省庁も新しい動き 2020.07.14
- 第64回 あり?なし?マイナポイント 2020.07.27
- 第65回 コロナでニューノーマルになるもの一覧 2020.08.17
- 第66回 コロナ禍での「オンライン面接」 2020.09.14
- 第67回 iPhone12が導く5G普及 2020.11.19
- 第68回 予約によるポイント還元終了Go To Eat。間に合う? 2020.11.20
- 第69回 最近よく聞く「暴露型ウイルス」 2020.12.14
- 第70回 VR、AR、MR、SR…「xR」技術一覧 2020.12.24
- 第71回 スマホ料金値下げ徹底比較2021 2021.01.15