偉大な先人に学ぶ日本ビジネス道(第19回)

戦後の神戸をシューズで復興しようとした鬼塚喜八郎

2017.12.13

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 TBSテレビの日曜劇場で放映されている「陸王」が話題になっています。このドラマは老舗の足袋製造業者がランニングシューズの開発に挑戦するという内容で、池井戸潤氏の同名小説を原作としています。陸王の公式ツイッターでは、特定のモデルはなくオリジナルストーリーであると公表されていますが、実際にスポーツシューズの開発に執念を持って取り組み、世界に認めさせた人物がいます。スポーツシューズメーカー・鬼塚(現・アシックス)の創業者で、世界的に人気を博しているスポーツシューズ・オニツカタイガーの開発者でもある鬼塚喜八郎です。

 喜八郎は1918年、鳥取県で生まれました。中学校卒業後に入隊し、7年間の軍隊生活を経験したところで終戦を迎え、神戸で商事会社に就職します。

 社会人としてのキャリアを戦後間もない神戸でスタートさせた喜八郎青年でしたが、就職した商事会社に喜八郎は失望します。会社は商事会社を名乗っていたものの、仕入れたビールを不正に横流しするなど、実際は闇商売で大きな利益を上げていました。また社長は会社を私物化し、私利私欲に走っていたそうです。働き者の喜八郎は常務になっていましたが、社長と衝突。結局社長に愛想を尽かし、3年でこの会社を辞めてしまいます。

終戦後の神戸の街に希望をもたらしたい

 しかし、勢いよく会社を飛び出したはいいものの、何をやればいいのか喜八郎にはアイデアがありません。目の前に広がっているのは、終戦直後の神戸の現実です。空襲を受けた神戸では、身寄りのなくなった青少年が非行に走っていました。麻薬や覚せい剤に手を出す者が珍しくなく、進駐軍を相手に売春を繰り返す少女もいました。

 こんなことで、これからの日本はどうなるのか。自分は、新しい日本のために青少年の教育に一生をささげよう。喜八郎は決意します。しかし、軍隊経験のあった喜八郎はGHQにより教職などの公職に就くことが禁止されていました。いったい、どうすればいいのか……。行き詰まりを感じていた折、戦友の1人だった堀公平と話したことが、喜八郎の運命を大きく動かします。

 兵庫県教育委員会で体育保険課長を務め、スポーツと教育に関して深い見識を持っていた堀は、次のように喜八郎に話しました。

「『もし神に祈るならば、健全なる身体に健全なる精神があれかしと祈るべきだ』(※)という言葉がある。スポーツで鍛えることで青少年は立派に育つ。教師になれないのなら、スポーツの振興に役立つ仕事をしたらどうだろうか」

※ デキムス・ユニウス・ユウェナリス(古代ローマ時代の風刺詩人)の言葉

 堀の話を聞いて思い立ったのが、シューズの製造でした。シューズはあらゆるスポーツに欠かせません。しかし当時はズック靴か地下足袋(じかたび)が用いられ、本格的なスポーツシューズはほとんどありませんでした。青少年が全力で打ち込み、記録が伸びるようなシューズを作る。シューズを通じてスポーツを普及させ、青少年を立ち直らせる。喜八郎が使命感に目覚めた瞬間でした。

第1号の製品はバスケットボールシューズ… 続きを読む

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