「事業承継」社長の英断と引き際(第7回)

日本酒メーカー会長が語る、「元気なうちに」の真意

2019.08.28

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北雪酒造(日本酒の製造・販売)

新潟県佐渡市の北雪酒造は、羽豆史郎会長の曽祖父が明治5年に個人商店として創業した。1948年に有限会社羽豆酒造場設立。1993年に社名に変更。現在は50人の従業員が働いている

 事業承継を果たした経営者を紹介する連載の第7回は、新潟県佐渡市で日本酒を製造・販売する北雪酒造のケース。同社は明治5(1872)年の創業以来、約150年にわたり守り続けてきた「北雪」ブランドの日本酒が、多くのファンに親しまれている酒造メーカーだ。

 5代目社長を務めた羽豆史郎(はず ふみお)会長は、2019年4月に次男の羽豆大(ひろし)氏に事業を承継した。

消費者の声を大事にする

 羽豆会長は、男5人、女5人の10人兄弟の末っ子として生まれた。そのため、酒蔵の息子ではあるものの、「自分が後を継ぐとは考えたことがなかった」と言う。

 実際、父の後を継いだのは、18歳年上の長男だった。羽豆会長は東京の大学を卒業した後、北雪酒造(当時は有限会社羽豆酒造場)に入社し、埼玉県の営業拠点で働いた。その後佐渡市の本社に戻り、2番目の兄が専務、羽豆会長が常務として長兄の社長を支える体制が続く。そして、長兄が65歳になり、引退を考えて後を託したのは、専務ではなく羽豆会長だった。

 「もともと長男と次男は方針が合わず、よくケンカをしていた」と話す羽豆会長。「兄の言葉には驚いたが、専務は営業で経営は私と社長とで担ってきた。最初から私に引き継ぐつもりだったのだろう」と振り返る。

羽豆史郎(はず・ふみお)会長 1958年、新潟県佐渡市生まれ。1981年、大学卒業と同時に北雪酒造に入社。常務として働いた後、2005年に代表取締役社長に就任。業績が低迷していた北雪酒造を立て直し、19年4月に次男の大氏に事業を承継。代表取締役会長となる

 先代が経営を退いた後、羽豆会長の懸念は残った専務と方針が合わないことだった。「意見の合わないトップが2人いるような体制は、会社経営のために良くない」と考え、「社長を託された自分の方針と合わないなら、次男が社長をやればいい。社長にならないなら会社から去ってほしい」と2つの選択肢を伝えた。結果、専務が会社を去ることになったという。羽豆会長は2005年、46歳の時に5代目社長となった。

 実は、当時の北雪酒造の経営は苦境に立たされていた。新潟県の淡麗辛口の日本酒は人気が下火になり、焼酎ブームなど他の嗜好品もたくさん出てきた。それらいくつかの要因が重なって、ピーク時に12億円あった売り上げは、6億円を切るほどまでに落ち込んでいた。

 何とか経営を立て直さなくてはならない。羽豆会長は経営改革に乗り出した。その1つが国内需要対応に専念したことだ。それまでは、海外に商品を輸出するだけでなく、米国に店舗を設けるなど国際化を図っていた。「海外での商売はテロや国際情勢によって、大きな影響を受ける。国内需要を伸ばすことが重要」と羽豆会長は考えた。

 どうしたら、北雪のファンを増やし、国内需要を盛り返すことができるのか。考えていたときに、羽豆会長は日本酒のラベルに載せていた北雪酒造の電話番号に、商品を購入した消費者から直接問い合わせが来ていることを思い出した。「3年前の日本酒が出てきたが、まだ飲めるのか」といった、さまざまな問い合わせが来ていたのである。

 北雪酒造が商品を取引するのは酒屋や問屋だが、実際に北雪を飲んでくれるのは、一般消費者だ。だからこそ「一般消費者の声を聞こう」と思い立った。

 それから、お客さまの声を直接聞く機会として、積極的に百貨店で試飲販売を行った。その声を参考に商品の改良を進め、当時増え過ぎていた商品を整理した。新しい商品を1つ製造したら、売れ行きの悪い商品を下から3つカットしていったという。当時の北雪は「甘口も辛口もあり、結局、どんな特徴のある酒を造っているのかよく分からない」という消費者の声は、羽豆会長の心に響いた。

 今でも北雪酒造では、全国各地の百貨店で試飲販売を実施し、お客さまの声を聞くことを大事にしている。消費者と直接触れ合うことで、口コミでの人気を獲得。売り上げは順調に伸び続け、2018年には、10億円にまで戻った。

息子に難しい仕事を任せて、社員の信頼を得る… 続きを読む

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SID : 00142007

執筆=尾越 まり恵

執筆=尾越 まり恵

同志社大学文学部を卒業後、9年間株式会社リクルートメディアコミュニケーションズ(現:リクルートコミュニケーションズ)に勤務。2011年に退職、フリーに。現在、日経BP総研・サステナブル経営ラボ委嘱ライター。

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