「事業承継」社長の英断と引き際(第9回)

お互いを認め合う、額縁メーカーの円満親子承継

2019.10.31

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アルナ(額縁の製造・販売)

 事業承継を果たした経営者を紹介する連載の第9回は、さいたま市で額縁の企画・製造・販売を展開するアルナ。85歳の雪山渥美会長と、事業を承継した次男の雪山大(たけし)社長に話を聞いた。

 アルナの創業は1967年。雪山会長が勤務していた外資系商社の取引先である金属加工工場の工場長と共に独立し、共同経営で額縁の製造をスタートした。当時、額縁の主流は木製だったが、前職の経験を生かし、アルナではいち早くアルミ製を売り出した。アルミ製の額縁は、軽く耐久性に富んでいるのが特徴だという。問屋経由で、写真業界や印刷業界の大手企業を得意先として、広告などのポスターを入れる額縁を中心に販売した。好調な日本経済の流れに乗って業績を伸ばし、68年に法人化(73年に株式会社化)した。

アルナは創業以来、額縁を製造・販売する。現在は受注生産販売がメインで、企画提案も行う。写真は、2019年度グッドデザイン賞を受けたアルミ製額縁の『LEAN』

後継ぎとして、息子に英才教育や留学の機会を与える

雪山渥美(ゆきやま・あつみ)会長
1934年大阪府で生まれ、鹿児島県徳之島で育つ。終戦後上京し、文筆業を志す。キャバレーや喫茶店などアルバイトを経験したのち、61年外資系商社に就職。66年に東京・足立区の金属加工工場に就職。翌67年に工場長と共に、アルミ製額縁メーカーのアルナを創業する。2009年に次男の大氏に事業承継し、同社会長となる

 雪山会長の次男の大(たけし)社長は物心ついた時から、経営者である父の背中を見て育った。朝早く家を出て夜遅く帰る父と、仕事の話はほとんどしたことがなかったが、母親からは「大が社長になったら大きな会社になるよ」と、社長になることが当然のように話をされたという。

 幼稚園の時、先生から「この子は優秀だから私立の学校に推薦したい」と勧められ、受験をして埼玉から東京の私立小学校に通った。長男は大社長の6歳年上だったが、「弟が会社を継いだ方がいい」と話し、会社を継ぐ気はなかったという。

 高校生になった大社長は、自らの意志でアメリカに留学する。「アメリカの文化を吸収し、1年1年、息子が変わっていく姿が印象的だった。チームメイトと野球やアメフトに精を出し、仲間たちとユニホームを着て撮った写真は誇らしく、今でも家に飾っている」(雪山会長)。

 帰国後、大社長は上智大学で経営学を学び、いずれアルナを継ぐことを視野に、婦人用ハンドバッグの商社に就職した。DCブランドのバッグを企画・製造して百貨店に卸す会社だった。「外回りの営業で、ビジネスの基礎を学んだ。発注先、取引先、お客さまなど、それぞれの関係性における対応の仕方を実地で学んだ」(大社長)。そして、2年後の98年、アルナに入社した。

 入社した当時のアルナの売り上げは約7億円で、従業員は40人弱の規模だったという。最盛期の93年頃は、11億円の売り上げまで伸ばしたが、バブル崩壊の影響もあり、業績を落としていた。そんな事業環境で、一般社員として外回りの営業からスタートした大社長には、大きな苦境が待ち受けていた。

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SID : 00142009

執筆=尾越 まり恵

執筆=尾越 まり恵

同志社大学文学部を卒業後、9年間株式会社リクルートメディアコミュニケーションズ(現:リクルートコミュニケーションズ)に勤務。2011年に退職、フリーに。現在、日経BP総研・サステナブル経営ラボ委嘱ライター。

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