「事業承継」社長の英断と引き際(第13回)

創業者の次は、「チーム経営」で会社を支える

2020.02.26

クリップについて

KeePer技研(カーコーティング、洗車用ケミカルと機器等の開発・製造・販売)

 事業承継を果たした経営者を紹介する連載の第13回は、愛知県大府市でカーコーティングや洗車用のケミカル製品を開発・販売するKeePer技研。創業者の谷好通(よしみち)氏は、2019年に代表取締役会長となった。新社長に就任したのは、当時副社長だった賀来聡介(としゆき)氏。社長交代の経緯や、社長交代後の会社経営について谷会長に話を聞いた。

谷好通(たに よしみち)
1952年、愛知県生まれ。高校卒業後、夜間大学に通いながらガソリンスタンドで働く。20歳で店長に起用され、複数店舗を統括する立場になったが、32歳で独立を決意。85年にKeePer技研の前身となる株式会社タニを創業。2015年には株式上場を果たす。19年に代表取締役会長となり現職。

 KeePer技研のスタートは、1985年に谷会長が創業した前身の株式会社タニ。谷会長は高校を卒業後、夜間大学に通いながらアルバイトをしたガソリンスタンドにそのまま就職し、13年間働いた。数店舗のガソリンスタンドを統括する立場にまでなった32歳の時、独立を決意する。

 しかし、立ち上がったばかりの小さな会社がガソリンスタンド運営で成長していくのは困難だった。ガソリンや軽油などの燃料を購入するには多額の費用がかかり、土地や現金などの担保が必要になる。さらに、ガソリン販売には総量規制があり、枠を獲得する難易度も高かった。2軒目の開業に向けて土地を購入したものの、ガソリン販売の枠が獲得できず、やむなく洗車とカーコーティングの店舗として開業した。

 少しでも車をきれいにできるように「他社がやっていないような洗車ができないか」と谷会長はアイデアを凝らした。しかし、市販の洗剤やワックスでは、思い通りの仕上がりにならない。そこで、93年に化学研究所としてアイ・タック技研を立ち上げ、自社で洗剤やワックス、コーティング剤の開発を始めた。同社はここからケミカルメーカーとして歩み始めることになる。

 次々に洗車用のケミカル製品を開発し、ガソリンスタンドに販売。特許も取得した。2001年にはドイツの自動車用ケミカルメーカーSONAXと業務提携し、さらに製品開発の幅を広げた。こうしてKeePer技研は現在も同社の軸となっているコーティング技術「キーパーコーティング」を確立させた。

 従来のコーティングは、車体にある微量の凹凸を研磨し輝かせる手法が主流だったが、研磨をし過ぎると塗装が剥げるリスクがあった。これに対してキーパーコーティングは、独自のコーティング剤を塗ることで表面の凹凸を埋め、平にして輝かせるというもの。削らないために車体を傷める心配がない。「わが社のコーティングを施すと新車のようにピカピカになる」と谷会長は胸を張る。

独自の検定で技術認定した「キーパープロショップ」を展開

 さらに、同社の勢いが加速したのは、2009年のリーマン・ショック以降だった。不景気で新車が購入できない消費者による、洗車・コーティングのニーズが高まったのだ。それにより業績を伸ばした同社は、2015年、東京証券取引所マザーズに株式を上場した。これにより会社を取り巻く状況は劇的に変わったという。

直営店「KeePer LABO」のほかに、技術認定した「キーパープロショップ」を展開

 「特に採用面に好影響が出た。それまで新卒社員の応募がほとんどなかったが、上場した途端に応募が殺到。上場した翌年の春には70人の新卒を迎えることができた。以来、60人程度の新卒を毎年採用できている。ここ数年で社員数は2倍に増えた」(谷会長)

 社員数が増えたのは、採用人数を拡大したことに加えて、定着率が高まったことに理由だ。社員がKeePer技研で働き続けたいと考えるモチベーションの源泉は、「多くのお客さまに喜んでもらえること」だと谷会長は話す。カーコーティングの技術により、お客さまに笑顔で「ありがとう」と言ってもらえることが社員たちの喜びややりがいになっているのだ。

全国13カ所のトレーニングセンターで、約70人の技術トレーナーが研修者に技術を教えている

 現在、直営店として洗車やコーティングのサービスを提供する「KeePer LABO」は、全国に80店。さらに、同社のトレーナーが技術を教え、独自の検定に合格したカー用品店やカーサービスショップを「キーパープロショップ」として認定している。全国の「キーパープロショップ」は5820店に上る。

 「キーパープロショップ」の認定店舗は、KeePer技研のケミカル製品を購入・使用することが条件で、入会金や会費などは一切受け取っていない。提携店がしっかりと技術を身に付け、多くのお客さまに喜んでもらえればもらえるほど、KeePer技研のケミカル製品が売れる仕組みをこうして確立した。

 「キーパー」を名乗るからには品質に妥協はしない。年に2回、トレーナーが全国のプロショップを回り技術を確認。もし品質が基準に達していなければ、プロショップの資格を取り消すこともあるという。徹底したチェックにより、店舗が増えても品質を維持できているのだ。

創業者の後を継ぐ難しさ

 2013年には売り上げ30億円を突破。ちょうどその頃、大きくなっていく会社の代表として、谷会長は承継について考え始めた。谷会長は60代前半になっていた。

 創業して間もないうちは、息子への親子承継も考えたが、息子には会社を継ぐ意思はなかったという。「以前は息子が会社を継いでくれたらと考えたこともあるが、会社が大きくなってからはそれも考えなくなっていた。今後の承継を考えたときに、上場はいい方法だと思った」(谷会長)

 上場後も数年間は変わらず谷会長が会社を引っ張ってきた。しかし、19年に谷会長は腰を痛めて手術のために入院することになった。「体が健康なら、いつまでも社長をやっていたい。しかし、入院が決まったために当時副社長だった賀来に社長を託すことにした」(谷会長)

 賀来社長は、もともとKeePer技研のクライアントのガソリンスタンドに勤務していた。2006年に幹部候補として入社し、経営企画本部長や東日本支社長などを務めてきた。谷会長の手術が無事に終わり、谷会長と賀来社長の新体制がスタートした。

 「最初は口を出さず、一歩引いて見守ろうと思っていた。しかし、そんな決意は一瞬しかもたなかった」と谷会長は苦笑いする。「賀来には社長をしっかり務めなければと気負いがあったのかもしれない。社長らしくなろうと意識するあまり空回りしてしまうことも多かった。このままだと会社は続かないと考え、一歩下がるのをやめた」と話す。

 「しかし、これは賀来の責任ではない」と谷会長は訴える。「創業者の“創”はクリエイト。私は一からこの会社をつくってきた。会社員から社長になった賀来が同じようにやろうと思っても難しいだろう。賀来に能力はないわけではないし、私が優秀なわけでもない。ただ、私がつくったので、この会社にはすべてにおいて私の価値観や考え方が詰まっている。それを他人が思い通り動かすのは難しいのは事実だ」(谷会長)

 悩んだ谷会長は、1つの方法を思いついた。それが、幹部による「チーム経営」だった。

チーム経営で会社が活性化

 チーム経営は、上場していないあるガソリン用品会社からヒントを得た。その会社は5年ずつの任期で、役員の中で社長を回しているという。「話を聞いて、これはいいなと思った。ガソリン用品は厳しい事業環境が続き、倒産に追い込まれる会社も少なくない中で、そこは立派に経営を続けている。社長は役割だから、順番にやればうまくいくのではないかと考えた」(谷会長)

 谷会長が企画や製品開発、賀来社長が営業、専務が店舗管理とそれぞれ役割を決め、強みを生かし、また弱みを補い合うチーム経営の体制を構築した。「今、この体制がうまく回っている。賀来も少し気が楽になったようだ。対外的な社長業を賀来がやってくれるので、私は企画に専念できる。今、どんどん新商品が生まれているし、賀来は若く元気なので、どんどん外に出ていけるので、会社が活性化したと感じている」(谷会長)

役員会議の様子。幹部たちがそれぞれ役割を持ち、経営に携わる。写真左から3人目が谷会長、2人目が賀来社長

 谷会長はこのチーム経営をしばらく続けていく方針だ。今後、いつまで会長として経営に携わるか、進退のタイミングは決めていないという。「遊びたいとも思わないので、体が許すならいつまでも仕事をやっていたい。こんなに楽しいことはない。2018年度の売り上げは70億円強。創業から10年間ごとに売り上げを4倍に成長させてきた。目標を決めて突き進むタイプではないけれど、私が会長のうちにあと1回4倍成長を成し遂げたいという思いもある」(谷会長)

 完全に引退した後の会社に関しては、「100年企業にしたいとか、こんな会社になってほしいとかは一切考えない。自分が関われないのに希望を持つのは無責任だと思うから」と話す。ただ、一方で、「社員と働いていると、みんなと一緒でよかった、この会社を絶対に潰してはいけないとも思っている」と複雑な心境をのぞかせる。

 承継の心構えとして「思い通りになることは1つもないと覚悟しておいたほうがいい」と話す谷会長。そして、新社長に口出しはするものの、これだけはしないと決めていることがある。

 「もう1回社長になると言うことは絶対に我慢する。『もういい、俺がやる!』と言ってしまったら、いいことは何もない」(谷会長)。その思いを胸に秘めて、今後も会長として動き始めたばかりの新チームを盤石にすることに注力する。

 創業者の思いが強く反映した会社ほど、その後を継ぐ二代目社長の苦悩は大きくなるのかもしれない。谷会長が選んだ“チーム経営”は、多くの会社にとっても、承継の際のヒントになるのではないだろうか。

SID : 00142013

執筆=尾越 まり恵

執筆=尾越 まり恵

同志社大学文学部を卒業後、9年間株式会社リクルートメディアコミュニケーションズ(現:リクルートコミュニケーションズ)に勤務。2011年に退職、フリーに。現在、日経BP総研・サステナブル経営ラボ委嘱ライター。

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