「事業承継」社長の英断と引き際(第19回)

「まねはすな」、代々初代と考える創業者(前編)

2020.08.27

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タビオ(靴下の企画・卸・小売り)

越智直正(おち・なおまさ)。1939年愛媛県生まれ。55年に中学校を卒業後、大阪のキング靴下鈴鹿商店に入社。68年に独立し、靴下の卸売業としてダンソックスを創業。82年に小売りに進出し、84年にフランチャイズ展開を開始。2000年10月、大証2部に上場(13年に東証2部に市場変更)。08年5月、長男の越智勝寛氏に事業承継し、代表取締役会長となる

 事業承継を果たした経営者を紹介する連載の第19回と第20回は、「靴下屋」や「Tabio」などの靴下販売チェーンを展開するタビオの創業者、越智直正会長。

 1939年、越智会長は愛媛県の小さな村で11人兄弟の末っ子として生まれた。家業は農家で、長男が継ぐのが当たり前の時代。越智会長は中学校を卒業後、大阪の靴下問屋・キング靴下鈴鹿商店にでっち奉公に出た。これが、越智会長と靴下との出会いだ。13年間の奉公の後、越智会長は68年3月に靴下卸売業として、タビオの前身となるダンソックス(以下ダン)を創業した。

タビオは「靴下屋」「タビオ」「タビオメン」などの靴下専門店ブランドを全国で直営176店舗、フランチャイズ92店舗(2020年2月末時点)を展開する。ロンドン、パリにも「Tabio」を展開しており、2020年2月期の売り上げは約155億円。写真は、靴下屋なんばパークス店

 近年、日本で販売されている靴下の大半は海外製になっている。中国やベトナムなどで安価に製造できるからだ。そんな中で、ダンは創業以来、国内製にこだわり事業を拡大してきた。84年に靴下専門店ブランド「靴下屋」の1号店を福岡県久留米市にオープン。2000年には大証2部(13年に東証2部に市場変更)に上場した。戦後に創業した靴下専業で上場したのは国内初だったという。

 越智会長は、長男と2人の娘に恵まれた。「自分の後継者は生まれたときから長男だと決めていました」と言い切る。「自分は農家の子どもなので、家業を長男が継ぐのは当たり前だと思ってきました。そこに迷いはありませんでした」と話す。越智会長は、長男の勝寛氏が生まれ、歩き始めた頃からずっと、「おまえがちゃんとお父さんの跡を継ぐんやぞ」と伝え続けてきたという。

国内製にこだわったタビオの靴下。「履いてもらえば海外製との違いが分かってもらえる」と越智会長は自信をみせる

 このように親子承継を当然と考える越智会長だが、一方で、「過去の歴史を遡っても、親子承継がうまくいった例は、黒田官兵衛・長政親子くらいなもの。近現代の経営者を見ても、成功例は少ない。それくらい難しいことなんです」と厳しい現実も語る。なぜ親子承継は難しいのか。その理由をこう説明する。

 「社長の息子ということで、周囲が一人前に扱わないんです。取引先もチヤホヤして本当のことは言わず陰で笑っている。おだてられた本人は、自分はすごいと勘違いしてしまい、正しい感覚が持てなくなるんです。本人の責任というよりは、周囲のせい。ある意味かわいそうだとは思うけれど、それが2代目の宿命ですわ」

「靴下を履く」ことをきっかけに社長退任を決意

 子どもの頃から「父親の跡を継ぎ社長になるもの」と育てられた勝寛氏は、父親に反抗や抵抗をすることなく育ったという。しかし、大学時代は音楽にのめり込み、作曲家になる将来を描いてバンド活動に熱中した。そんな勝寛氏の生き方を越智会長も認め、「25歳までは自由にすればいい」と音楽活動を許したという。

 25歳になった勝寛氏は父親との約束通り音楽活動を辞め、越智会長の知り合いの化粧品会社で3年ほど修行を積んだ。「靴下も婦人向けが重要で、女性向け化粧品販売で学ぶべきことは多いと思いました」(越智会長)。

 97年にタビオに入社した勝寛氏は、最初は一般社員として商品部に配属され靴下屋の事業の基本となるマーチャンダイザーを担当した。その後、さまざまな部署で経験を積んできた。「自分は経営のことを何も知らずに経営者になってしまいました。息子には商品企画から経営まで一通りのことを学んでほしいと考えたのです」(越智会長)。

 社業全般を学んだ勝寛氏はやがて役員に就任。越智会長と二人三脚で経営を担うまでになった。このように着々と準備を進めた事業承継が実現したのは、2008年5月。越智会長は68歳のときに社長を退き、勝寛氏に譲った。

 きっかけは、体調不良で病院に行ったことだったという。15歳のときから靴下を履かず素足にサンダルで過ごしてきた越智会長だったが、医師に「体のために靴下を履くように」と指示されたという。

 「毎日靴下を履くと、足が前に履いた靴下の感覚を覚えてしまうんです。そうすると、新しい靴下を試すときに正確な判断ができなくなる。靴下を履くようになったら、もう靴下屋の社長は務まらないと思い、事業承継を決意しました」(越智会長)

 「私も息子も、事業承継をそこまで大層なものと考えていなかった」と振り返る越智会長だが、承継に当たり勝寛氏に「お父さんのまねはするなよ」と伝えたという。

 「お父さんのまねはできひんよ。そのかわり、お父さんもおまえのまねはできん。人間にはそれぞれいいところがあるから、おまえはおまえのいいところを伸ばし、自分のやり方でやってみればいい。ただ、靴下の作り方に対する考え方だけは、できる限り覚えて引き継いでほしい」と伝えました(越智会長)

SID : 00142019

執筆=尾越 まり恵

執筆=尾越 まり恵

同志社大学文学部を卒業後、9年間株式会社リクルートメディアコミュニケーションズ(現:リクルートコミュニケーションズ)に勤務。2011年に退職、フリーに。現在、日経BP総研・サステナブル経営ラボ委嘱ライター。

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