パフォーマンス心理学の最新の知見から、部下をやる気にする方法を紹介する連載。部下に対して効果的にメッセージを伝える方法を紹介する第11回は、前回に続いて、米国トランプ大統領に学ぶビジョンの伝え方です。ビジョンをより強く伝えるためには、簡潔にするだけでは十分ではありません。ストーリーを作って、論理に加え感情も動かす必要があります。トランプ大統領の演説を分析してみましょう。
部下の感情にまで届くメッセージ発信の技術(11)
ビジョンはストーリーにして論理だけでなく感情も動かす
いくらメキシコとアメリカの間に壁を造る、強くするといっても、もう一歩トランプ氏は自分の話に高いビジョンを掲げたいと思ったのでしょう。
どこの会社でも、会社のパンフレットを開ければまず企業理念というのが書いてあります。「私たちはこの仕事によって日本中の全ての人々の幸福づくりに貢献します」というような思いです。社員の心を1つにするためのビジョンには、万人の幸福などの崇高な思想が入っていることが大切です。
そうなると、確かにアメリカファーストはビジョンといえばビジョンですが、そこに崇高さが欲しい。そこでトランプ氏が大統領の就任演説に取り入れたのは神でした。「The Bible tells us(聖書は言っている)」というわけです。そして、彼は次の文章を口にしたのです。「聖書には、神の民が仲良く共存すると、それがいかに素晴らしく心地よいかと説いている」。神の崇高な言葉ですから聞き手の心を打つに違いないという、いわば神様を保証人にしたような上手な言い方です。
私は、テレビ局の依頼で、演説中の全てのセリフと動作を0・5秒単位でシートに記入しました。そして驚いたのは、全体の演説時間がオバマ前大統領より3分も短いのに、「聖書は言っている」、「神様の祝福がある」というように、聖書関係の文言を語った長さはトランプ氏のほうが長かったのです。
おまけに、歴代大統領が一冊聖書を持ってきて宣誓するのが普通なのですが、彼は念入りに2冊も持参しました。夫人の手の上にトランプ家の赤い聖書とリンカーンが使った黒い聖書を載せ、トランプ氏がその上に手を重ねたのです。2冊のインパクトは視覚的にも大きなものでした。
聖書が認めている考えは、みんなが仲良く、あらゆる人種が仲良くすることです。それは彼が今まで黒人やヒスパニックに侮蔑的な言葉を吐いてきたのとは裏腹に、非常に高い精神を持った大統領だというメッセージを分かりやすく発信しています。高いビジョンをストーリー化して、物語のように人々の心の中に入れていく。自分には信仰心があり、崇高な思想を持っているというところを2冊の聖書で示して見せたわけです。示して見せる、これが「ショー」です。
論理性に加えて、感情を動かすことが大切… 続きを読む
執筆=佐藤 綾子
パフォーマンス心理学博士。1969年信州大学教育学部卒業。ニューヨーク大学大学院パフォーマンス研究学科修士課程修了。上智大学大学院博士後期課程満期修了。日本大学藝術学部教授を経て、2017年よりハリウッド大学院大学教授。国際パフォーマンス研究所代表、(一社)パフォーマンス教育協会理事長、「佐藤綾子のパフォーマンス学講座R」主宰。自己表現研究の第一人者として、首相経験者を含む54名の国会議員や累計4万人のビジネスリーダーやエグゼクティブのスピーチコンサルタントとして信頼あり。「自分を伝える自己表現」をテーマにした著書は191冊、累計321万部。
関連のある記事
連載記事≪部下のやる気に火をつける方法≫
- 第1回 視線とアイコンタクトで部下の心は判断できる 2019.03.14
- 第2回 「ミミクリ」と「歩幅」で部下の心理をチェック 2019.04.11
- 第3回 パターン化された相づちになったら、要注意 2019.05.16
- 第4回 部下のスマイル、本当の意味を読み取ろう 2019.06.13
- 第5回 部下の“嘘”は表情を見れば確実に見破れる 2019.07.11
- 第6回 声の大きさと、思わぬ一言をチェックしよう 2019.08.08
- 第7回 部下の本音を見抜くための「28秒」と「32秒」 2019.09.12
- 第8回 視線と表情を見れば、部下の性格が分かる 2019.10.10
- 第9回 男女で視線の意味が違うことを知っておこう 2019.11.14
- 第10回 強い口調に隠された弱気に気付こう 2019.12.12
- 第11回 人は命令調の文体になぜ反発するか 2020.01.16
- 第12回 相手にはあなたの話を聞かない権利がある 2020.02.13
- 第13回 若くて純粋な人ほど「貢献」に魅かれる 2020.03.12
- 第14回 自主性のないところにコンプライアンスはない 2020.04.09
- 第15回 ユーメッセージをアイメッセージに切り替える 2020.05.14
- 第16回 相手の目を見て話す 2020.06.11
- 第17回 表褒めと陰褒めを使い分ける 2020.07.09
- 第18回 リーダーのための積極的傾聴技法 2020.08.13
- 第19回 部下の言葉を肯定し、大事なことは繰り返す 2020.09.10
- 第20回 トランプに学ぶ「シンプル イズ ザ ベスト」 2020.10.08
- 第21回 高いビジョンをストーリー&ショーで支える 2020.11.12
- 第22回 男女で褒め方を変える 2020.12.10
- 第23回 論理性に走らず、感情で迫る 2021.01.14