人生を輝かせる山登りのススメ(第61回)

新しい生活様式を模索する山小屋

2020.06.19

クリップについて

 緊急事態宣言が国内で全面解除され(2020年5月25日時点)、これから自宅近郊の山を中心に登山者の姿が徐々に戻ることが予想されます。しかし、依然厳しい状況にあるのが、登山にはなくてはならない存在の山小屋です。

 「三密」の状態が避けられない山小屋の多くは、緊急事態宣言が解除された今も営業の休止を余儀なくされています。こうした山小屋の窮状を救おうと、登山愛好家たちによってクラウドファンディングを介した支援活動「山小屋エイド基金」が始まりました。5月28日現在、支援の分配先になっている対象の山小屋は60軒。今後も山小屋の参加が増えることが予想されていて、支援の呼びかけは8月13日まで続きます。

[山小屋エイド基金]
https://motion-gallery.net/projects/yamagoya-aid

 そこで、これからの感染予防対策と現在の山の様子について、北アルプス穂高岳にある涸沢(からさわ)ヒュッテのご主人・山口孝さんにお話を伺いました。今回は山口さんのお話を中心に、これからの山小屋利用について考えたいと思います。

[涸沢ヒュッテ]
https://www.karasawa-hyutte.com/

 話の最後には、クラウドファンディングのプロジェクト「山小屋エイド基金」を紹介しています。どうぞご一読ください。

涸沢ヒュッテの社長、山口孝さん

 

異例の小屋開け

 穂高周辺の山小屋は、冬は営業を休止しています。そして昨年までは、毎年5月の連休前に営業を再開してきました。2020年4月、涸沢ヒュッテをはじめ周辺の山小屋では、緊急事態宣言を受けてゴールデンウイーク中の営業休止を決定。しかし、小屋開けの準備は予定通り進められていました。この時期に雪の中から建物を掘り起こし、換気をしたり、設備の手入れをしたりしないと、小屋が傷んで使えなくなってしまうからです。

 「山小屋のスタッフ間で感染が広まったら大変なので、外でも全員、マスク着用で除雪などの作業をしていました。いつもは山のおいしい空気を吸えるのに、異様な光景でしたね。関東や関西の都市部に自宅があるスタッフは、移動の自粛によって小屋開けの作業に来ることができず、やむなく自宅待機をしてもらいました」と、山口さんは振り返ります。

例年のゴールデンウイークはこのように登山者でにぎわう涸沢

 

登山者ゼロのゴールデンウイーク

 小屋開けの準備を整えて迎えたゴールデンウイーク。当然のことではありますが、涸沢周辺に訪れた登山者は皆無でした。期間中、穂高岳登山の起点となる上高地へのバス、タクシーの運行はすべて取りやめ(現在は一部再開されています)。アクセス手段がなくなり、一般の人は山に入れなくなったのです。

 「今年の連休は天気も安定していて、空気が澄み、山がとってもきれいでした。それなのに登山者のみなさんに楽しんでもらえなかったのは、本当に残念です。私は涸沢で山小屋の仕事を50年続けていますが、こんな状況は初めて。誰も登山者がいない穂高を見るなんて、想像もしていませんでした。通常、この時期は10人ほどのスタッフが常駐していますが、5月20日現在、3人だけを山小屋に残し、そのほかは休みを取ってもらいました。3人のスタッフは、普段はできない建物のメンテナンスや、営業再開に向けての準備などを行っています」

 山口さんによると涸沢ヒュッテは現在も休業を続けていて、7月15日からの営業をめざしているとのこと。しかし、感染防止対策という大きな課題が残っていると言います。街の宿泊施設でも対策は容易ではありませんが、山であればなおさらのこと。現在、周辺の山小屋とも協力し、対応策を練っているところだそうです。まだ、検討中ではありますが、その一端を伺いました。

大きな変化が求められる今後の登山ライフ

 まずは、宿泊を完全予約制とし、受け入れる登山者はこれまでの半数以下、おそらくは1/3程度まで減らすとのことです。さらに、客室は間隔を空けて布団を敷く。これによって宿泊者同士が「密」になることを防ぎます。

 山小屋に到着した登山者の健康チェックを行ったり、食堂での食事は1回の人数を減らしたりする必要もあります。希望者には弁当を配布して野外で食べてもらうなどの対策も考えているとのことでした。

 そのほか建物内でのマスクの着用、手洗いの徹底、消毒液の持参など、登山者各自でできるさまざまな衛生対策への協力が求められることになりそうです。また、山では救助活動にも限界があるため、リスクが高いとされる持病のある人は引き続き登山を控えてもらい、持病がない人も登山前の体調管理、検温などを十分に行った上で山に来てもらいたいと山口さんは話していました。

 長野県では「登山者への5つのお願い(https://www.pref.nagano.lg.jp/kankoki/sangaku/documents/5rule.pdf)」を発信しています。感染対策のため、登山の際には守るようにしたいですね。

青空が映える夏の涸沢

 

山小屋を応援するプロジェクトがスタート

 さて、営業を休止している山小屋は、当然のことながら厳しい経営状態にあります。山に登山者が戻った後も規模を縮小しての営業に加え、感染予防対策のための設備投資や人件費は削れず、さらに厳しい経営を強いられることが予想されます。

 涸沢ヒュッテなど穂高周辺の山小屋は今夏の営業再開を見込んでいますが、富士山、南アルプス、八ヶ岳の一部の山小屋など、すでに今期営業を見送ったところも多くあるのが現状。

 中には、営業を続けられるか先行きを危惧する山小屋も出始めています。山小屋は宿泊場所や食事、トイレの提供に限らず、登山道の補修、緊急時の避難先など幅広い役割を担っていて、登山者にとって欠かせない施設です。山小屋がなくなってしまったら、登山が続けられないという事態にもなりかねません。

 そんな中、山岳や自然に関する書籍や雑誌の出版社である山と溪谷社が、山小屋を応援しようと「山小屋エイド基金」(https://motion-gallery.net/projects/yamagoya-aid)というプロジェクトを立ち上げました(2020年8月13日までの受付の予定)。クラウドファンディングにより、山を愛する人から善意の支援金を集め、それを山小屋に届ける試みです。集まった支援金は、分配先の山小屋に均等に分配されます。

 今回お話を伺った涸沢ヒュッテでは分配金を受け取らず、賛同のみを表明されています。これについて山口さんは「分配金をほかの小屋へ届けたいという気持ちから、お金を受け取らないことを決断しました。涸沢ヒュッテは自力で、何とかこの危機を乗り越えていきたいと思っています」と話していました。

 山小屋の存続は、登山文化の存続に直結します。これからも安心して登山が続けられるよう、1人ひとりができる応援、サポートの形を探してみてはいかがでしょうか。

※この記事は2020年5月31日に執筆したものです

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執筆=小林 千穂

執筆=小林 千穂

山岳ライター・編集者。山好きの父の影響で、子どものころに山登りをはじめ、里山歩きから海外遠征まで幅広く登山を楽しむ。山小屋従業員、山岳写真家のアシスタントを経て、現在はフリーのライター・編集者として活動。『山と溪谷』『ワンダーフォーゲル』など登山専門誌に多数寄稿するほか、山番組にも出演。著者に『女子の山登り入門』(学研パブリッシング)などがある。2014年に南米のチンボラソ(6310m)に登頂。

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