アスリートに学ぶビジネス成功への軌跡(第24回)

女子バレーの名セッター、竹下佳江の新たな挑戦

2020.06.18

クリップについて

 日本中が待ちわびた歓喜の瞬間は、2012年8月11日に訪れた。

 ロンドン五輪のバレーボール競技、韓国を対戦相手に行われた女子3位決定戦は、日本が2セットを連取し、第3セットもポイント24対21でリードしていた。ロサンゼルス五輪以来28年ぶりのメダル獲得まであと1ポイントだ。

 韓国選手がサーブを放つ。日本のレシーブ(最近は「レセプション」という用語を使うことも多い)が乱れ、ボールはコート右サイドの真ん中付近へ。ネット際からそのボールを猛然と追ったのが全日本の司令塔(セッター)、竹下佳江さんだった。

 竹下さんは体勢を崩しながらも懸命にアンダーハンドでトスを上げた。そのボールをレフト(コートの左側、エースポジション)から迫田さおり選手が決め、日本代表は銅メダルを獲得した。

世界最小・最強セッターとして

 あるテレビ番組で、竹下さんはメダル獲得を決めた最後のトスを「あれはけっこういいトスだったと思います」と、笑顔で振り返っていた。

 一般的に、アンダーハンドで上げられたトスは、ボールに勢いがあり、またボールがかなり回転するためアタッカーは打ちにくいとされる。竹下さんはこの時、無理な体勢にもかかわらず、腕でボールの勢いを殺し、なるべく回転しないようにコントロールし、そのボールをコート反対側にいる迫田選手が打ちやすい位置にピンポイントで送り出していたのだ。

 竹下さんというと、ジャンプし、空中で体をエビのように反らし、オーバーハンドでライト側の選手に速いトスを送る華麗なプレーが印象的だが、一見するとボールをつないだようにしか見えないプレーが絶妙なトスだったという事実に「世界最小・最強セッター」と評された彼女のすごみが感じられる。

2020年春、球団副社長に就任

 自身3度目の出場となったロンドン五輪で念願の銅メダルをチームにもたらした竹下さんは、その翌年(2013年)に現役引退を発表した。

 2015年には第一子を出産。子どもとゆっくり向き合いたいと考えていた竹下さんだったが、日本初のプロバレーボールチームとして発足する「ヴィクトリーナ姫路」から監督就任の声がかかる。固辞したものの、熱心なオファーを受けて、2016年初代監督に就任。選手が1人もいないという状況からチームづくりを進め、発足3年目にはV.LEAGUEの女子1部(V・プレミアリーグ)に昇格を果たした。

 そして今春、監督を退任し、副社長としてクラブ経営に参画すると発表された。副社長抜てきの理由を同クラブの代表取締役球団社長である橋本明氏は「経営におけるヒントをくれる存在だった」と話す。

 考えてみると、竹下さんはセッターとして成長する中で、自然に経営陣に求められるスキルも身に付けたのではないだろうか。

 味方チームと相手チーム双方の強さと弱さを掌握し、試合前はもちろん、試合中にも次々と戦略を立てていくチームの司令塔というポジションは、そのまま事業戦略の立案に携わる経営陣の役割と重なる部分が大きい。

 組織で求められる人材管理の面では、竹下さんが攻撃の要であるアタッカーの支え役に徹してきたことは次の言葉にうかがえる。

人間だから日によって調子が変わる。でもピンポイントのトスを要求したがる選手ほど自分の変化に気がついていないんです。だから私の方で本人に気づかれないように微調整する
(世界最小最強セッター 竹下佳江 短所を武器とせよ 吉井妙子著)

 ビジネスの世界でも、管理職は第一線で仕事に取り組むメンバーの後方支援という役割が大きい。その役割に徹しながらも、豊かな経験を背景に、メンバーの日々の変化に気を配り、その変化に合わせて仕事を調整するといった対応ができれば業務はより効率的に進むのではないだろうか。

 竹下さんは、セッター視点で人材の成長に関しても次のように話している。

 「私はこれまで、自信のなさそうな顔でコートに立った選手には、絶対にトスを上げなかったんですよ。“ボールをこっちに持ってこないでオーラ”を出している選手は使えない」

 このように考えていた竹下さんだったが、ある時を境にそういう選手には意識的に打たせるようにしたという。

 「それで失敗することもありましたけど、回しているうちに今度は彼女たちが“持って来いオーラ”を出すようになったんです」

 目の前の1ポイントは是が非でも欲しい。それでもリスクを覚悟し、トスを回すことで、その選手の成長を促し、チームのボトムアップにつながることを竹下さんは知った。その経験も経営の一翼を担う立場で大いに生かせるだろう。

 どのようなスポーツでも、肉体的な問題もあり、選手として現役で活躍できる期間はそう長くはない。そして、その後コーチや監督を務めても、それも後進に譲る必要が出てくる。その後の“第三”の人生でも成功を収めてほしい。竹下さんが、姫路ヴィクトリーナ取締役球団副社長としてどのような組織づくりを進めていくのか。メンバー1人ひとりにどのようにトスを上げていくのか。新しい挑戦に注目したい。

SID : 00137024

執筆=藤本 信治(オフィス・グレン)

執筆=藤本 信治(オフィス・グレン)

ライター。

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